もう公然とは、浪費し続けない。だって愛するから

こけつまろびつ、帰り途を辿る。

今日もしっかり働いたし、イイ1日だったと思う。もう少し”発見”をしなきゃいけないかなとも感じてはいるけれど

判事からも弁護士からもまったく説明されず訳のわからないまま審理が行われたヨーゼフ・Kのように、ルーセルが描いた神経質的な科学者カントレルのように、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテのヴェルテルのように、私はJRの電車の中、深くため息混じりに悩んでみる。

理想はどこへ行った?

今も手元に残っているか?ああ、残っているさ

私の愛しのアイスコーヒー豆さん

今日も、いっしょに家庭の中で励みたいのだ。

仕事は所詮、仕事にすぎないのだ。

人生を全くとらえることができなかった私に、我が子は人生の”予兆”を教えてくれた。

今日も我が子に教育だ。いや実を言うと私こそがなされるべきだ。

・・・そういえば今日は旦那のことは考えなかった。

「日本」についても、憂国についても、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテについても、アイスコーヒー豆さんについても、ブルジョワを憎んだ彼のことも考えたのに、旦那のことは考えなかった。

後ほど知ることになるが、旦那はその時「手軽なカフェオレ」を楽しんでいたのよ。